90年代、ジャカルタ、アグスサリム通り(通称サバン)には行きつけのカセット店が2店あった。ジャカルタに広く支店をもつ、Duta Suara。その向かい側にあった、ちょっとさびれたDeltaだ。
Duta suaraは新譜の入荷も早く、種類も豊富で夕方や休日はいつも混んでいた。昼間は割と空いていた。じっくりと目を皿のようにして色々とカセットを見たいオイラは、だいたい昼間に行っていた。一日2回、いや3回4回の時もあった。すべてのジャンルで見逃したものはないか、取りこぼしはないか、いつも気にしていた。その昔は試聴もできたようだが、この時代膨大なカセットを量産していたインドネシア、この店に限らず、試聴ブースを置くより多くのカセットを置くスペースを設置するため、試聴ブースは消えていった。
一方のDeltaは、いつも閑散としていた。積極的に新譜カセットを売っていこうという姿勢が全くなく、そこにはゆるい空気がいつも流れていた。新しい情報よりも、オイラが見落とした情報がいつもそこにあった。Duta suaraに行った後、Deltaで売れ残りカセットを漁る、ジャカルタ・カセット探し至福の時間であった。
Deltaには、試聴ブースがあった。毎回オイラが試聴していると、70代ぐらいのお爺ちゃんがいつもコーラを出してくれる。「いつ来たのか、いつまでいるのか」といつも聞いてくる。必ずコーラなのだ。外国人だからコーラなのか聞いたことがある。お爺ちゃんはそうだと答えたことを覚えている。試聴していると、ガキが店内で遊んでいたり、あまりに客が来ないので、店番の女性(30代後半?)はいつもレジ横で寝ていた。彼女がよく言っていたのは、「あなたの友達がさっき来たわよ」だった。日本人と思しき客は皆、オイラの友達だったようだ。しかし、この店で日本人に会ったことは一度もなかった。
この店の一番の魅力は、売れ残ったカセット。2年も3年も経過したカセットがあることだ。デッド・ストックと言っていいだろう。ネットもスマホもない時代、本当に貴重な情報源だった。オイラのカセット人生で一番大切な店だったのだ。
今ではdeltaのカセットケースもボロボロに...